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株式会社船井総合研究所 中山 里沙様

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株式会社船井総合研究所 中山 里沙様

①「玄米」と出逢ったきっかけ
初めは何だったか…正確には覚えていませんが。
現・結わえる社長の、荻野さんに教えていただいたと思います。
当時は彼も同じ会社に在籍しており、私とは歳も同じだったため、顔を合わせるたびに、ちょこちょこと話をした中や、飲みに行って話をしていた中で聞きました。

②最初の印象
荻野さんから、「玄米、超いいんだよ」と聞いたときは、
「玄米なんて…」等の、荻野さんが自身の経験として語っているようなマイナスな印象はなく。けっこうすんなりと受け止めていました。
自分にとって良さそうなものを素直に受け入れやすい性質だった上、荻野さんの「こだわり」っぷりは社内でも評判だったので、「この人が言うなら、そうなのだろう」と、漠然とですが自分の中で納得していました。
しかしやはり、話を聞いただけでは、まだピンと来ないというか、必要性を感じなかったというか。「自分の体に置き換え、危機感を感じ、行動を起こす」とまではいかず。
なぜならその頃は、体型のことや多少の便秘等は気にしていましたが、自己流で「水泳さえやれば、痩せるしお通じも良くなるから、やばくなったら泳ぎに行けばいいや」という、自分にとっての「万能解決法」をあみだしていたところだったので、「まあ、なんとかなる」と気楽に考えていたからです。
なので、「いつかは玄米とかを取り入れた生活に、した方がいいんだろうなー」という程度でした。

③なぜ「玄米生活」になったのか
前述の「自分の体に置き換え、危機感を感じ、行動を起こす」が、まさに起こったからです。これもきっかけはやはり、荻野氏。
あるとき彼から、社員宛にメールが届きました。
彼が船井総研時代に開催していた勉強会(現在も継続されているようですが)の、次回講師がすごいから、社員の人たちの席も用意しました、ぜひご参加ください、とのこと。
そのゲスト講師とは、かの「病気にならない生き方」の著者、新谷弘実先生。
恥ずかしながら、著書を読んだことがなかったのですが、この時もまた、「荻野氏がすごいというのだから、きっとすごいのだろう」と単純に受け止めました。なんかよくわからないが拝聴して損はないはず、という短絡的な考えのもと、「食のことだから、家族の食事を作っている母親も連れて行こう」とさらに短絡的に思いつき、「娘の会社に行ける…!」という母親の不純な動機に感づいて「そういうウキウキはやめてくれ!」とたしなめたい気持ちを我慢して、親子で参加させていただいたのでした。

果たして、新谷先生のご講演は…。
結論から申しますと、わたくしはその日のうちに、知り合いに頼んで玄米を注文しました。
「まあいつかは」とノー天気に考えていた私を、即・行動させるにいたった、それはそれは説得力溢れるご講演でした。
その主な要因は、大きく2つでしょうか。
1.新谷先生が、「食事療法によるガン治療の第一人者であること」。現在はニューヨークを拠点に、バシバシと成果をあげ続け、治療の順番待ちをする患者さんがたくさんいらっしゃるそうです。プロフェッショナルの意見は、すんなり腹オチできるものです。
2.実際のガン患者さんの、腸内写真を「これでもか」と拝見したこと…。「百聞は一見にしかず」とはこのこと。「もう…勘弁してください…」と請いたくなるくらい、患部の写真をたくさん見せていただきました…(もしかしたら刷り込み効果?)。

講演が始まってすぐ(だったと思うのですが)、先生は、実際のガン患者さんの胃腸内を、超小型カメラで撮影した写真や映像を見せてくださいました。
先生は、超小型カメラの先端にハサミ(のようなもの)をくっつけた機械で、映像を見ながら患部を切除するという治療のエキスパート。そんな治療は、年間何百(?定かでない)件も行っているそうです。

しかし、その患部というのが…
お食事中の方申し訳ありませんが、マジで気持ち悪い。腸内映像ってつまり、内臓の中の映像なので、ただでさえ気持ち良いものではありませんが。そこが、ただれていたり、ポリープみたいなので埋め尽くされてたり、色が変色してたり…。先ほど述べました、「もう…勘弁してください…」という状態。
しかし先生はまったくもってけろりさらりと説明してくださいます。
「この患者さんは、とにかくタバコ吸いすぎでしたね。ほら、こんなになっちゃって。ほらほら。ここなんかすごいでしょ」いや、もうほんとに勘弁…。
そんな地獄絵図が終わったら、今度は、それまでとはうってかわって、何の異常もない胃腸の映像。きれいなピンク色で、どこもただれたり、変色したりしていません。患者さんと、健康な人の胃腸は、こんなにも違うものか、と初めて知りました。

さて、新谷先生による映像、または実績による説得力がすごいのはもちろんですが、それだけではなく。そこから始まったお話も、僭越ながら「いちいち理にかなっているなー」と得心。思わず、その時に聞いたことを、夢中で手帳に書きまくっていました。図解のグラフだって、そのまま書き写したほど。
今でもそれは、手元に残っています。2008年9月13日(土)、「健康講演にて」と書いてあります(「健康講演」は私が勝手に命名)。
先生が実際にガン治療で行っている、食事療法の内容を教えてくださったものです。
以下、抜粋。

・肉、酒、タバコは厳禁(魚はときどきならOK)
・牛乳×(アトピー、アレルギーの原因)「市販の牛乳で子牛を育てると数日で死にますよ」
・チーズ、乳製品ももちろん×。「マーガリンはすぐ捨ててくださいね」
・ベーコン、ソーセージほど体に悪いものはない
・電子レンジやめなさい。「細胞がシェイクされて栄養素が全壊しますよ」
・寝る4~5時間前からは胃を空っぽにすること。「胃が逆流しますよ」
・お茶の飲みすぎはガンになる
・胃薬は絶対飲まないこと。「細菌のバランスが崩れ、粘膜が薄くなりガンになりますよ」
・1回に70回くらい噛むこと
・スーパーに並ぶ食品は悪…国が悪いのか?企業が悪いのか?

「じゃあ何を食べればいいんじゃ!」という問いに先生は、以下のように教えてくださいました。

・穀物(玄米+五穀米)※これが全体の5割を占めること
・野菜
・果物
・海草
・良い水(1500cc/日)
・蕎麦茶、麦茶、ハーブティー
・果汁、野菜十―ス、野菜スープ(自家製の)

正直、「マジでか…食べられるものが無いよう>_<」というのが、その時の第一印象。
「やっぱり、特別に強固な意思を持った人しか、こういった真に健康的な食生活は送れないのかも…」と、ちょっと諦めかけたりもしました。
しかし、先生の次の言葉がダメ押し。
「胃や腸がきれいだと、全てがきれいです。肌も、髪も、血液も全て。だって、全て“食べ物”が作るでしょう?」
ズガーーン!(←打たれた音)「おっしゃるとおりです!!」
いやほんと、反論できる理由がどこにもない、極めてシンプルで明快な論理。
そりゃそうです。体の全ての細胞を作っている原料は、口にする食べ物しかあり得ない。考えてみれば、当然のこと。そして、とても自然なこと。
それにそれに…やっぱり、わたくしもおなごですから。「きれいになりたい」は永遠のテーマです。
高い化粧用品に頼ったとしても、歳を取るにつれてケアする部分が増える一方で、お金がかさむばかり。だんだん、それは「うわっつら」の手当てでしかないような気がしていた頃だったので、「求めていた真の美とはこれかもしれない!」という一種の開眼的な感覚もありました。だって誰だって年取るなら、肌や髪など「元の素材」が美しい人に目を奪われますよね。大事にするべきは、そっちなのでは、と。

まとめますと、「(失礼ながら)ああいう患者さん達のような胃腸になりたくない…」→「年取ったって、肌や髪がきれいでいたい…」→「全ては食事である!食事に最も気をつけるべきである!」と、まあこんな具合で、なんとも簡単に意識改革してしまったのでした。

<そして、下記項目に関する「BG」、「AG」の変化>
④食生活 (普段の食事、快楽食、飲物、酒、食材選びなど)
【BG】
今思うと、母はとても健康に気を使って、毎日の食事を作ってくれていました。高校まではお昼も弁当持ちでしたから、基本的な三食は母親の手料理。ただ、食べ盛りの高校時代、いわゆる「早弁」をしてしまって、お昼時は学食へ駆け込んだりしていましたが。
当時はもちろん、新谷先生が「いけない」と言われたような、お肉やソーセージは当然のように食しており、それが普通でした。その中でも食材のバランスを考え、決して惣菜や冷凍食品ばかりになるような手抜きをしなかった母親に、今はとても感謝しています。その食事が、自分の健康な体を作ってくれていたので。
そんな恵まれた食事に、友達との買い食い、部活後のファーストフード等が加わっていましたが、割合的には母の食事が70%、それ以外が30%くらいだったと思います。
しかし、大学に入ってからは家での食事は減りました。お弁当も持っていきませんし、活動時間が夜遅くまで延びるにつけ、学生に好まれる「安くてボリュームのある」お店に、友達とたまる日々でした。お酒も徐々に増え、それらの多くは、○ンテローザ系の安い居酒屋。今思うと「酒か?」ってものばかり。
もちろん、その頃は食べ物に全く注意などせず。もともと食べることが好きなので、美味しいと感じれば何でも。しかも変に躾られていて、出された料理を残すことができない。「よく食べる子だね」というのが周りの評価。
でも皆さん同じだと思いますが、20歳そこそこなので体や肌の調子にそこまで気を使わずとも良かった上、授業や部活動や恋愛のことで頭が一杯で、食事などに関心を向ける余裕など無く。
スクーバダイビング部という過酷な部活動や、アルバイト(カフェホール)をガンガンにこなしていたおかげで、特に体型を悩みすぎることもなく。
ただ、どちらかというと甘いもの好きな傾向が強かったので、お菓子類の間食は多かったです。ことあるごとに、何か食べてました…。バイトでラストまでお店にいるときは、余ったケーキをみんなで思うさま食べたり。それも夜の23時に。今思うといとおそろし。
ちなみにその頃、大学内に「エコ」な意識に目覚めた学生達が出てきましたが、まだまだ現在の「ロハス」「オーガニック」的なものではありませんでした。

大学を卒業して社会人になっても、「食」への関心はちっとも芽生えず。
入社した会社が、仕事の量的にもメンタル的にもハードだったので、「質の良い食事」はさらに後回しに。精神的に追い詰められていることも多かったので、慢性的に食欲は衰えました。朝はかろうじて自宅で母親の手料理を食べますが、お昼は持参したおむすび二個だけ、夜は食べず。そのうち朝ごはんも食べなくなりました。たまに会社の方々に豪勢なお食事(ステーキ、中華料理、イタリアンなど)をご馳走になりましたが、そもそも仕事の話をしながらなので、楽しんで食べる空気じゃないことが多かった…。そんな私の様子と食生活を見て、母親がえらく心配してくれていたことを覚えています…と、暗い感じですみません。

船井総研に転職してからも、やっぱりしばらくは好きなようーに好きなだけ食べていたと思います。また、入社とほぼ同時期に会社が東京・丸の内に移転したこともあり、行ってみたい気持ちにさせる話題の飲食店が周りにたくさんあり、毎日のように同僚とランチに行ってました。夜は夜で、前職とは違う自由な社風に浮かれ、飲みに繰り出すことが多く。お店だけはこれでもかというほどありますから。「いかにしゃれた美味しいお店を見つけるか」が使命のようになっていて、まさに「資本主義の申し子」的な生活だったような気がします。
自宅でご飯を食べるのは休日の昼だけ、という状態。このときも、やっぱり母親が食生活を心配してくれていました。当の本人は「好きにさせてくれ」と青臭くつっぱねていましたが…今思うといらぬ心配をかけました。
カップラーメンはあまり好きではなかったので食べませんでしたが、コンビニのおむすびやパンは、残業時の夜食等によく食べていました。やっぱり、とれんでぃドラマなんかでよく見る、都心のオフィスでの残業というシーンには、コンビニのおむすびやパンを孤独にほおばる主人公の姿が、なんだかカッコ良く映っていたりして、「オフィスでの残業すたいるはああいう風にやるものか」と単純に思い込んでいたという若さ溢れるエピソードもあります。
また、たまに社内の誰かがお昼時に、「なんか、どうしても今日は○クドナルドが食べたい!」と叫んだりするので、月2回くらいの頻度でファーストフードを胃に入れていました。そしてこの時期も、周りの評価は「とりあえず、よく食べる子」。

【AG】
「BG」の生活から一変。
新谷先生の講演を聞いた日から、できる限り言われたことを実行するようにしました。
マーガリンやチーズは食べず、牛乳は豆乳に変え、夜寝る前は極力何も食べないようにし、特に、我が家の炊飯器に玄米を導入させたことが一番の変化でした。
しかし、父親が玄米嫌い。その世代の方には多いと思いますが、貧乏だったころに玄米しか食べられず、白米に憧れを持って生きてこられたためと聞きます。玄米を見るのも食べるもの好きでないようです。そのため、私の望む「100%玄米」にすることは難しく、白米7割、3割玄米という中途半端な感じが続いていました。父親不在の時には、母親が完全に玄米だけのご飯にしてくれましたが。
ともあれ、一日の食生活はだいぶ規則正しくなりました。胃に何も入れない時間を12時間(だっけ?)つくり、朝ご飯はなし。間食のお菓子は(なるべく)止め。お昼は玄米入りのおむすび、または野菜中心のおかずと玄米入りご飯のお弁当。夜はなるべく食べないようにしましたが、飲み会等があるときも、以前のような暴飲暴食はしないようになり。
「自分のために良くない」と、腹の底から納得していたから、抑えられたのだと思います。
ただ、生理前などは、体が「栄養たくわえなきゃ」と思うのか、「何か胃に入れたい」という強い衝動を抑えられないことはしばしばあります。そういう場合、私はなぜか小麦粉が原料のもの(パンなど)を欲することが多いので、このときは食事のバランスがちょっと壊れます。
ともあれその時期を抜かすと、コンビニを利用する頻度が極端に減り、特に、おむすびやパンは買わないようになりました。
同時期に読んだ、「世の中の食品にどれだけ食品添加物が入っているか」という本でまた衝撃を受けたことも手伝い、だんだんと、市販されている食品達を信用しなくなっていきました。
もちろん、ファーストフードの利用も激減。というかむしろこちらは、ほぼゼロに。細かことは忘れましたが、とにかくファーストフードは、完全に「悪いカロリーのみ」というイメージになっていたような気がします。なんでそうなったか、リアルに忘れていまいましたが。

そして、晴れて独り暮らしを始めてからは、本格的に玄米中心生活に突入。
普段は、朝ごはん無し、お昼に玄米おむすび(大体梅干入り)、夜にお腹がすいていたらまた玄米ご飯を少々。玄米の消費量は、一日に一合。週1回程度の外食ランチや、月2、3回の飲み会等では好きなようにお酒を飲み、好きなものを食べています。その他、週末に畑(会社で借りて農業研修を行っている。有機無農薬)で獲れた野菜があればそれを料理して食べます。スーパー等で食材を買うことはほとんど無くなり、食費もだいぶ節約できているし、包装材等のゴミもあまり出ない生活です。

④体調、体型、美容等 からだのこと
【BG】
●体調
これと言って困っていたことは無く、強いて言えば便秘気味だったことくらい。
体力には自信がある方だったし、ありがたいことに大きな病気もせず。朝起きるのが人よりキツイのかもなーと感じる部分はありましたが、遅刻を繰り返したりするほどでもなく。
母の料理と、小さい頃からなんらかの運動をしてきたことによって作られた、健康な体のおかげだったと思います。
ただ、ずっと生理不順だったことから、ホルモンバランスがあまり良くないとはお医者さんに言われていました。そのせいで顔色が悪いときもあり、なんとかできればいいなと思ってはました。が、それらが食生活で改善できるものである等の知識など無いに等しく、婦人科にかかるしかないんだろうなー、お金かかるし、通うの面倒くさいなーくらいにしか考えていませんでした。

●体型
いわゆる「標準・または少し上」の範囲をふらふらしていました。食べる量が減れば「やや痩せ」、増えれば「ややふっくら」。見た目や体重の増減がすぐ反映されやすい方で、ちょっと増えてもすぐ戻せる、という考えで生きていました。とはいえ、「やや痩せ」の状態はあまり長く続かないので、「もうちょい絞れれば気分いいかな」と、常に思っている具合。
来るべき時が来たらちゃんと絞ります、と理由をつけて、食べたい時に食べる欲望を優先させていました。あと、「足、もうちょっと長くならないもんか」とも考えてました。

●美容
平均的な同じ年頃の女子よりは美容に関心がなかった方。それでも気にしていたのは肌です。どちらかというと乾燥肌なので、相性の良い基礎化粧品(化粧水・乳液など)と出会うことには時間もお金もかけていました。出会えてからは基本的に快調なので特に気にしておらず。ただ、ハードな生活が続いて顔を洗わずに寝てしまう夜が続くと、さすがに毛穴が開いてやべーと慌ててきちんとケアする、みたいな時期も不定期にありました(今もたまに・・・)。

●からだのこと
前述しましたが生理不順なことはずっと気になっていました。
母親にも強く言われ、婦人科に通ったこともあります。でも、「ホルモンバランスを正常に戻すためのお薬」をもらい服薬しても、飲むのを止めると元に戻るだけで、結局根本的な解決にならないままだらだらと時間が経っていきました。実はそれほど真剣に「子供が産めなくなったら困る!」等は考えていなかったので、産めない体になったらそれはそれで・・・と、なんとも浅慮な子でした。

【AG】
●体調
体が軽くなり、朝起きやすくなりました。風邪もほとんどひかなくなり、「ひいたかな」と思ってもごく初期症状のうちに抑えられるようになり。
一番変わったのは味覚。コンビニの商品や○クドナルドなどの化学調味料が多い食品を食べると、舌で分かるようになりました。特にひどいのは○クドナルドの朝○ックシリーズで、舌に乗せただけでビリビリしました。「こんなのを今まで食べてたのか」とビックリ。毎日のように食べていたおやつのチョコレートも、玄米生活に入った後、しばらくぶりに以前と同じ量を食べたら胸焼けが!「一日一チョコ食べないと生きていけませぬ」と宣言していた頃からは、想像もつかない変化です。
食品だけでなく、飲料も同じ。自販機で売っているジュースなど、昔は500mlなど簡単にゴクゴク飲み干していましたが、今はもう無理。体が受けつけず、胸焼けがしてしまうので飲めません。清涼飲料水系も、甘さばかりが気になるようになって二口くらいでギブアップ。
あと、嗅覚も鋭くなったように思います。周りの匂いは以前と変わらないはずなのに、そこに含まれるそれぞれの匂いをより強く意識するようになった、という感じ。まるで「ひとつひとつの匂いが強烈になった」みたいに感じています。おかげで、電車で隣り合った人の服や、会社の中のこもった匂いなどに敏感になってしまって、ちょっと困ることもありますが。でも、季節ごとの風の匂い、花の香り、食べ物の匂いなどについては、敏感になってよかったと思える嬉しい体験が増えたかなーと。

●体型
一言で言うと、全体的にひとまわり「痩せた」かなと思います。体重を測る習慣がないので数字は分かりませんが。全体的に、うっすらと。理想体型にはまだもう少し絞りたいですが、それにはさらに運動をして筋肉を維持する必要があると痛感しています(取り組めておりませんが)。

●美容
ものぐさなので、あまりに疲れていたり、深酒をして帰宅した夜は、化粧を落とさずに寝入ってしまうことは相変わらずありますが、その翌日の肌の様子が、かなり変わったように感じます。以前はすぐ、吹き出物が出たりしていたのですが、現在は翌日でも目立った変化が見られません。もちろん化粧を落とさずに寝ることは肌にとって良いわけがないので、なんらかのダメージは蓄積されていると思いますが。細かいデータ等は取ってないのでなんとも言えません。
でも、顔色も前みたいに言われなくなったかなーと思います。深酒や睡眠不足の次の日はそりゃあ顔色悪いですが、普段、普通に朝起きて顔色悪い、ということはなくなりました。代謝とかなにかが良くなったんじゃないかなと感じています。

●からだのこと
いちばんは、生理不順が改善されたこと。
これはきっと玄米のおかげかなと。
毎月定期的に来るようになったし、期間も常識的な範囲。生理前・生理中の体調や精神的な変化もきちんと把握できるようになりました。おかげでしっかりした生理痛、それに伴う頭痛や気分の悪さなども毎月どっしりやってきますが。逆に生理の具合によって、その時の体の状態に気づかされることも。「そういえば最近外食続いちゃった」「先週は玄米あまり食べられなかった」等。そこから調整できるようにもなりました。

七号食(玄米だけで10日間過ごす生活)までいきませんが、食生活をほぼ玄米にしてからは、今までいかに余計なものを入れていたかを知りました。玄米と、少しの野菜で、体にとっては十分だと心底納得したおかげで、慢性的な間食もなくなり「今、自分の胃腸がどんな状態か」が手に取るように分かるようになりました。そうなると、「どんなものをどれくらい胃に入れればいいのか」が適宜判断しやすくなり、結果的に胃腸への負担が減り、体の調子が崩れない、という良い循環が作られています。どうしても発生する突発的な付き合いで、この判断とはほど遠い料理を食べなければならない時はありますが…。その時は、多少胸焼けや苦しさ等はありますが、後で調整可能。
こういうパターンの繰り返しです。

⑤食、健康、そしてその他様々なことに対する考え方
【BG】
「食」の定義、「健康」の定義、なーーーんにも持っていませんでした。
おそらく、自身の健康な体を過信していたのではと。「別に今なんともないのだから、これから先おばあちゃんになっても、きっとなんともないんじゃないかなぁ」と、漠然と甘い考えでいたような気がします。
だって、みんなコンビニや居酒屋でガンガン好きなものを食べているし、それで普通に暮らしている。それに、東京は特にですが、一歩外へ出ればこんなにたくさんのお店にこんなにたくさんの食材や商品が並び、いかに安く便利に提供できるかを自ずから競ってくれている。私達は、その中から好きなものを選んで食べればいいだけ、という図式に、何の疑いも持っていませんでした。
健康に関する情報源は、ほとんどがテレビや雑誌。
ガンや糖尿病、脳卒中、などの言葉は聞くけれども、自分とは今のところ関係がないこと。
マスメディアで報道される、それら病気の原因や予防方法は、「外食を控えること」「お酒を飲みすぎないこと」「お菓子を食べ過ぎないこと」「適度な運動すること」等など。自分は適度に家でご飯も食べているし、お酒は飲みすぎていないし、お菓子も食べすぎていないはずだし、運動は、もうちょっと必要かもしれないけど、ガンになるほどじゃないはず、という判断で終わるだけでした。
当時の自分にしてみれば、「だって、世間がそういう風に教えてくれるんだから当然そう思うでしょう」という気持ちだったと思います。

【AG】
「口から入れる食べ物が、細胞から体を作っている」ことに、本当の意味で気づいたことをきっかけに、そこから派生するさまざまのことに目が向き、どんどん「真に良いことは何なのか」を知りたいと思うようになりました。
本を読み、関心のあることは実際にやってみることを繰り返していきました。そこから見えてきたのは、今の世の中とは正反対のことばかり。新谷先生のお話からして既にそうでしたが、本質的に良い情報というものが届きにくい仕組みになっていると実感。
消費者にとって、安く便利に手に入る商品達は、各メーカー企業の売上のために商品開発された結果であり、心から消費者の健康を考えたものではない。そしてそのPRのため、広告代理店やマーケティング部の担当がもっともらしいデータや専門家の意見を引っ張ってきて購買意欲を喚起させるうたい文句の広告を打つ。何の知識もなく、社会から提供されるものは素直に受け入れて生活する消費者は、そのまま受け入れて購入します。
その図式は食べ物だけではなく、全てが万事、そんな調子で出来ている世の中なのだとまた気づき・・・という繰り返しを経て、周りを見る目はほぼ180度変わりました。
「企業って、、、もっともらしいことばかり並べて優しい顔をしていても、消費者の生活について真から思いやってくれてなかったんだな。というか、そういう見方では見ない仕組みになっているのが今の社会なんだな」と、嫌な意味で目からウロコが落ちる体験を何度か経験。それは日本だけではなく、ほとんど世界中がそうなっているのだと知った時はやはり衝撃で、「今まで自分が見ていたものや知っていたものはなんだったのか」という思いで頭が一杯になり、この時代に嫌悪感を覚えたこともありました。
細かいことは長くなるので割愛させていただきますが(既に長いですが)、これではあまりにも、自分達が「都合の良いように扱われ振り回される無知な囲われ者」に思えてならない時期が少しありました。でもその考えを深めていくにつれ、「事実」として受け止めることが大事だという考えに至り。
世の中がこの仕組みでここまで出来上がってしまっているのだから、そう簡単には変わらないだろうし、この仕組みの中で懸命に働いている人たちに大元の罪は無いように思える。もちろん消費者にも。「あとから来る者」は悪くない気がする。「先にいた者」にそう教わっただけだから。けれどもこのままではいけない気もする。気づいた者は、「あとから来る者」にそれを伝えないといけないと思う。それにはやはり「教育」なんだろう。本当はみんなが気づけばいいのだが、やっぱりそう簡単にはいかないだろう。時間はかかるかもしれないけど、これが現実、、、と、このような結論にたどり着き、今に至ります。
そんな風に考え出すと、このテーマは非常に様々な分野へ縦横無尽に根を伸ばしているとまた気づきます。耳をふさぎたくなる事件、人と人とのコミュニケーションから来る問題、政治の問題、環境問題、文化、歴史。食べないと人は動けないから、食べることは人の世の全ての根本であると。
本来なら当たり前の、至極当然であるそのことに、今まで気づかなかったのはなぜなのか。気づかなくさせている今の世の中の、全く逆を想像してみます。みんなが「そのこと」を普通に知っている世の中だったとしたら、一体それはどんな風だろうかと、考えずにおれませんでした。そしてそんな世の中を目指して実際に動いているのが、「結わえる」の皆さんではないかと。私はこうして「知った、分かった」と言っていても、私なりの伝え方を見つけられないままでおりますが、少なくとも自分の周り、自分の家族、これから訪れるかもしれない子供達には伝えていきたいとひそかに考えています。

⑥その他 良かったこと悪かったことなど、想うこと何でも
「良いものは良い」と、胸を張って周りに言えるには、多少の勇気が必要だなーと。私の周りにはやっぱり、便利さと格好良さが牽引する中身の無い情報を妄信した上に成り立つ生活を送っている人が多い(えらそうですが)。そういう生活を疑問なく送っている人から見ると、玄米おむすびをお昼に持参する人に対して、多少はなにかしらのイメージやささやかな偏見が持たれるのが普通です。なにせ、少し前までは自分もそうでしたから。でも自分にとってはそれは、玄米を中心とした食事が本当に、真に体に良いと心底納得できているから、気にならない。むしろ、そういう目の中で胸を張れることは気分が良い。健康食品、美容商品で溢れかえり、それぞれが好き勝手なことを謳う中、何の情報を信じればいいのか分からなくなって振り回されるようなことは、もう無くなったからです。判断の拠り所が自分の中に出来たからです。「口に入れるものが体をつくる」、「不自然なものは体に良くない」、たったこれだけでも、いろいろな場面で明確な判断基準になります(ただ私などまだまだ勉強不足で分からないことも多いですが)。でもたいていのことは自分でなんらかの判断をくだせるようになっただけでも、気分がいいものです。

茨城県笠間市にある農業学校の敷地の一部を、会社の所属する部署でお借りしています。「農業研修」と銘打って、月2回ほどの週末に、メンバーが交代で畑作業をします。それぞれの季節に合った野菜を育てています。玄米生活を本格的に始める前から、その研修が行われており、そこでもつくづく、自分が食べているもの達のはじまりの姿、育つ様子、朽ちていく様子にさまざまなことを気づかされ、価値観を変えられていきました。
ほとんどの野菜は、はじめはうーんと小さい、粒みたいな種でしかなく、それが何百倍もの大きさに成長するなんて、実際に目で見ていちいち不思議でした。大きくなるための素材を、種達は一体どこから取ってくるんだろう。生物系の授業はあまり得意でなかった頭でもって、目の前で生長を続ける作物達の様子からできる限り推測してみると、やっぱりそれらは、土の中、空から降る雨、太陽の光、、、くらいしかない。ああもう自然の全部が野菜を育てるんだなーと自分なりに実感しました。そういえば、「水耕栽培」で作られた野菜は、なんだかスカスカして水の味しかしなかった。この畑で獲れた作物は、味が濃くて、実がぎゅーっと詰まって、とにかく元気一杯な感じがするのは、土の滋味によるところが大きいのかもしれないと気づき、あー、土って大事なんだ、とまた気づき。「天空の城ラピュタ」でも、「土から離れては人は生きられない」と言っていたし。だったら、その土や水や空気は自然なままの方がいいに決まっていて、そんなことテレビやなんかでよく言われているから知っていたけど、そうか、こういうことなのか、と、やっと本当に理解できたという経験もありました。
それに、作物は腐る。それが自然。スーパーでよく見る、海外産の食材、国内でも遠いところから運ばれた食材。遠くの名産物を「お取り寄せ」する楽しみは格別なれど、本当の本当に一番美味しいのは、採れたその場ですぐに食べること。運んだら美味しくなくなってしまうことも知りました。運ばれている間に腐らせないよう手を加えることは、やはり不自然なので良くない。「遠くの名産より近くの採れたて」。
となると、いかに上手に保存するかが問題となり、それを調べようとすると、昔の日本人がみんな知っていた、おばあちゃんの世代が良く知っている方法に行き着きます。私もまだぜんぜん詳しくないですが、それらの一端を垣間見るにつけ、人ひとりの人生では生まれるべくもないような感動的な智恵に基づいているものが多いとを知りました。とても長い長い歴史の中で育まれた生活の智恵による保存方法、調理方法が、この国の宝物のように思え、同時に現代への継承があまりにもされていないことに悲しくもなりました。

前にも書きましたが、まず、「今の時代がこうなっている」、と知ることができたことは、大きな気づきになりました。世の中そう簡単に変わらないこともよく分かった。その上でこれからどうするかが大事なのでしょう。
これまで書いた「気づき」について、「気づいただけ」「知っただけ」の状態が今の自分。何度も言うようですが、実際に「伝える」行動を起こしているのは「結わえる」の皆さん。彼らほど直接的ではありませんが、自分に合ったやり方で何ができるのかを、玄米生活を続けながら探したいと、不肖ながら考えています。